| 52 | 野村 克則(カツノリ) ノムラ カツノリ |
1973年7月23日(33歳)、右投右打 |
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日本球界が誇る「親の七光り」の1人。代表格は長嶋茂雄の息子・長嶋一茂であり、野村沙知代の息子・野村克則は現役選手の最右翼である。ちなみに次世代の七光り候補は落合福嗣
だという説が有力である。この手の選手というものは活躍しないというのが絶対命題なのだが、案の定カツノリも同じ道を歩んでいる。そもそも入団時のドラフト会議で明らかに3位指名される
ほどの選手ではなかったのに、親が監督というだけで指名されたと散々言われた。そもそも、捕手ではなく内野手としてはリーグ戦で首位打者と打点王の二冠を獲った打撃を持っていただけ
に、親のエゴというか3年時に強行された捕手コンバートの影響で打撃に精彩が無くなったのが不運と言えば不運。さらにこの年のドラフトでは三木肇、宮出隆自が1位、2位指名され、今の
ヤクルトでは充分に戦力となる選手になっている。さらにカツノリより下の4位指名には今や日本を代表するリリーバーへと成長した石井弘寿が指名されており、やはりカツノリの部分だけ
実績が落ちているというのは不問の方向で。
父が監督を務めるヤクルトに入団するも、当時全盛を迎えつつあり、既に日本一の捕手の名を欲しいままにしていた古田の壁を超えられるはずもなく、バックアップの野口の影すら踏めず、 中西や鮫島と好勝負を繰り広げるも一軍定着は出来ず。それでも「一軍」「二軍」とは異なる「官軍」という独特のポジションで一軍帯同を続ける。そして野村政権が瓦解し、いよいよカツノリ も…と周囲に心配されたが、本人は母親とは正反対とも言える生来の性格の良さから選手から人望があり、ヤクルトに残る。このままヤクルトで選手生活を全うするのか…と思われた矢先 に父親が阪神の監督に就任。そして父親に引っ張られて阪神に移籍する。が、ここでも日本球界屈指の捕手に成長した矢野という大きな壁があり再び「官軍」ポジションへと戻る。そして 待っていたサッチー騒動から父親が阪神の監督を辞任し、さらにヤクルト時代に影すら踏めなかった野口までもがバックアップ捕手として移籍してくると「今度こそ…」と思われたが、ここでも 生来の性格の良さから残留。今度こそ阪神で現役生活を終える…と思われたが、父親が監督を務めるシダックスから野間口を強奪したいという巨人の「囲い込み戦術」の一環として、野村 月見草への賄賂代わりに巨人に移籍させられる。野間口を無事指名し役目を終えたカツノリだが、巨人はこれまでのように人望で残れるような球団ではなく、存在意義を失ったカツノリは あっさりとかつ冷酷に戦力外を食らう。そして知名度不足に悩む東北楽天に「ファン寄せ要員兼コーチ候補」として呼ばれ入団。そして再び監督は月見草に… 捕手としての実力ははっきり言って無いが、生来の明るさと人を引っ張る力を持っており試合に出なくても試合に参加できる「ムードメイカー」的ポジションなら充分こなせる。去年までなら カツノリに捕手という定位置は無いのだが、今年はヤクルト時代とは違い正捕手が古田、矢野のレベルまで届いていない藤井だけに「官軍正捕手」も充分考えられる。ただ、カツノリという 選手は大学時代の成績から推測するに捕手というポジションが与えるプレッシャーが打撃へも影響を与えてしまい全てが狂った印象がある。ここは打撃だけを考えさせて代打の切り札とすべ く打撃だけを磨かせた方が短いであろう彼の残りの野球人生を全うできるのでは…と思わされる。一流までは行かないまでも二流、あるいは一流半ぐらいの位置は勝ち取れるかも知れない。 まだ未知数だが、このカツノリという選手はコーチとしての適正はかなり高いと思える。人を引っ張る力、そして両親からの干渉ゆえに苦労を知っているだけに、簡単に戦力外にはせずに コーチ候補としてこのまま球団で囲ってしまうことを是非勧める。いずれにしろ両親から干渉を受けまくって苦労だらけの野球人生を送っていることだけは確かなようだ。 | ||
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堀越高校〜明治大学〜ヤクルト('96・3位)〜阪神〜巨人〜東北楽天('05-) | ||
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'05シーズン成績:6試合、10打数1安打、打率.100、本塁打0、打点0 | ||