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吉岡 雄二 ヨシオカ ユウジ
1971年7月29日(35歳)、右投右打
 「30本は打てる長距離砲」「怪我からの復活はドラマになる」とマスコミ諸兄にもてはやされたが、宮城県民からすれば大越基擁する仙台育英高による悲願の優勝旗の白河越えを阻止した 帝京のエースとしての方が知名度がある「元ドラフトで巨人に指名された甲子園優勝投手」。確かに30本は打てるだけの打力はあるのだが、30本打ったときは打率と三振がとんでもないこと になると思われる「ブライアント化」の賜物であることはどこも伝えていない。

 高校野球のエリート街道を歩んできた吉岡だが、巨人入団から一転。黙々と二軍で雌伏し、打者としてやっと一軍への切符を手にしたかと思われたが、派手な選手とベテラン選手をこよなく愛した 長嶋政権でもあり、二軍へ戻ったり一軍へ行ったりを繰り返す。その途中、ブームになりつつあった改名に手を出し「佑弐」とピンと来ない名前に改名したりしてアピールしたがミスターには 届かず。そして近鉄フロント恒例の現場との衝突を起こした石井浩郎の派手さを欲しがったミスターにより近鉄に放り出される。巨人では「元甲子園優勝投手」というネームバリューは地味に 見えたが、選手の知名度の低い近鉄では充分すぎるアピールポイントとなり出場機会が確実に増加。が、その前を打つローズ、中村紀洋があまりにも派手すぎるために吉岡にスポットライト は当たらなかった。同じようにこの2人の煽りを食らった礒部は「最強の5番打者」で名を馳せ、そして「いつ終わる、1人日本シリーズ」で見事に吉本ばりに落とし、そして「悲劇の選手会長」 で脚光を浴びたのは皮肉であるが。

 致命的なまでに長距離砲に欠ける東北楽天にあって、一連の混乱の中でひっそりと入団した吉岡の完全復活に期待したが、ホームラン10本に終わった。終わったというよりも実は吉岡 という打者は実は長距離砲じゃなくて中距離打者じゃないのかという疑問が徐々に確信になりつつある。というよりも、かつてはある程度打てたホームランも今では打てないのだけかもしれない。 ただ、中距離打者吉岡は意外とはまるのかもしれない。元々派手さのあるバッティングをする打者じゃないだけに、地味ながらも堅実さを全面に出す選手晩年の吉岡も見てみたいという 願望もある。実は一塁以外にも三塁、そして外野まで守れてしまうというユーティリティープレイヤーの素質も地味に見せる吉岡。地味ながらも意外性のカタマリでもある吉岡。昨年は フルスタで味方スタンドから白河越えを阻んだエースとしてブーイングを食らわないかと心配だったが、ブーイングは食らわなかったが「Mr.イーグルス」の候補に挙がらなかった。あの ロペスさえでも候補に挙がっていたというのに。
帝京高校〜巨人('90・3位)〜近鉄・大阪近鉄〜東北楽天('05-)
'05年シーズン成績:116試合、387打数109安打、打率.282、本塁打10、打点52、盗塁0